大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所 平成10年(行ウ)4号 判決

原告

土田勝弘

被告

長崎県人事委員会事務局長 三浦正秀

右訴訟代理人弁護士

塩飽志郎

右指定代理人

広沢修身

同右

藤野美保

同右

佛田正博

同右

野田希

"

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  本件各処分の理由付記の不備による違法の有無

条例七条四項は、非開示決定の通知書に非開示の理由を付記することを求めているが、そこで付記することが求められている理由記載の程度は、開示請求者において、条例所定の非開示事由のどれに該当するのかをその根拠とともに了知し得る程度のものでなければならないと解され、当該公文書の種類、性質、開示請求書の記載と相まって開示請求者が右記のような事柄を当然知り得るような場合を除き、単に非開示の根拠規定を示すだけでは不十分ではあるが(最高裁平成四年〔行ツ〕第四八号同年一二月一〇日第一小法廷判決集民一六六号七七三頁参照)、本件各処分の通知書には、前記第二、一、3、(二)記載のとおり、開示の根拠規定とともに、開示しない理由も記載されており、これにより、条例所定の非開示事由のどれに該当するかを了知しうるものと認められ、原告主張は認められない。

二  本件不服申立て事案等関係文書に記録された情報の条例九条二号本文該当性

1  本件不服申立て事案等関係文書には、原告の所属部局、職名、氏名、住所、生年月日、職歴及び出身校が記録されている(〔証拠略〕)。

この点、条例九条二号本文は、開示しないことができる公文書に係る情報として、「個人に関する情報…であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」を挙げており、文言上は、そこにいう「個人」が、開示請求者本人であるか、それ以外の者であるかの区別をしていないから、開示請求者本人に関する情報であっても、特定の個人が識別され、又は識別され得るものであれば、同号イないしハの例外に該当しない限りは、当該情報が記録された文書は非開示の対象となると考える余地がないわけではない。

しかし、そもそも、条例九条二号本文の趣旨は、公文書の開示によって、個人のプライバシーが侵害される場合もあることを考慮し、右の規定文言の下に、個人のプライバシーを確保しようとしたものであると解されるところ、本人が自己に関する情報の開示を求めるような場合には、当該情報を開示したところで、プライバシー侵害の問題が生ずる余地はなく、他方、開示請求者本人にとっては、たとえ自己に関する情報であったとしても、その情報が正確に公文書中に記録されているかについて知る上で、その開示は意味があるのであり、条例三条において、「実施機関は、この条例の解釈及び運用に当たっては、公文書の開示を請求する県民の権利を十分に尊重するものとする。」と規定していることにも照らすとき、開示請求者本人に関する情報については、条例九条二号本文にいう「個人に関する情報」に該当しないものと解するのが相当である。

2  次に、開示請求者自身が作成して提出した文書については、その中に開示請求者以外の第三者に関する情報が記録されていたとしても、その文書の開示請求者への開示により、新たに当該第三者のプライバシーが侵害されることになるものとは解されないから、前示のような条例九条二号本文の趣旨に照らし、そのような文書に記録された情報は、条例九条二号本文にいう「個人に関する情報……であって、特定の個人が識別され、又は識別されうるもの。」に該当しないと解するのが相当である。

それ故、仮に本件不服申立て事案等関係文書のいずれかの中に、原告が作成した職員の名簿等が含まれ、同文書の中には、原告以外の第三者個人に関する情報が記録されていたとしても、当該青報は、条例九条二号本文にいう「個人に関する情報……であって、特定の個人が識別され、又は識別されうるもの。」に該当しないものと認められる。

3  したがって、本件処分(一)のうち、条例九条二号本文該当性のみを理由に非開示とされた本件文書<1>、<5>、<12>についての非開示の決定は、取消しを免れず、それ以外の本件文書<2>ないし<4>、<6>ないし<11>についての非開示の決定も、同時に他の非開示事由(本件の場合、条例九条四号)に該当しない限り、取消しを免れないこととなる。

三  本件不服申立て等関係文書及び本件議事録に記録された情報の条例九条四号該当性

1  まず、前記第二、一、2、(三)記載の事実によれば、被告によって条例九条四号該当性が主張される本件処分(一)に係る文書のうち、本件文書<2>ないし<4>には、事務局職員が本件不服申立て事案(一)、(二)及び本件再審請求事案との関係で、人事委員会の協議に付そうと考えていた協議事項、協議内容及び事務局の参考意見、資料並びにそのような各事項等を人事委員会の協議に付すことについて事務局職員から事務局長に伺いがなされたことが、また、本件文書<6>ないし<11>には、事務局職員が原告本人や長崎県の人事課職員から電話や面接によって本件不服申立て事案(一)、(二)及び本件再審請求事案に係る事情を聴取した結果やその際のやりとりがそれぞれ記録されているものと推認され、これらの情報は、条例九条四号にいう「県の機関内部若しくは機関相互間……における協議、検討、調査……に関する情報」に該当することが認められる。

また、本件処分(二)に係る本件議事録には、人事委員会での審議(平成八年度第一二回、第一三回、第一六回及び第一九回)の開催日時、開催場所、出席者の職、氏名、会議に付した議案の題目、委員の意見の要旨、採決に関する事項、委員及び幹事の署名押印等が記録されており(〔証拠略〕)、これらの情報は、条例九条四号にいう「県の機関内部……における審議、協議…に関する情報」に該当することが認められる。

そこで、以下では、右各文書に記録された情報が、条例九条四号にいう「開示することにより、当該又は将来の同種の審議等に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に該当するかについて検討する。

2(一)  この点、そもそも、一般に、人事委員会は、地方公共団体における人事権行使の公正を保障するために設けられた委員三名で組織される合議体の執行機関であるが(地方公務員法九条一項、一一条二項)、地方公務員は、懲戒その他の不利益処分を受けたときには、人事委員会(又は公平委員会)に対してのみ行政不服審査法による不服申立てをすることができる(同法四九条の二第一項)。そのような不服申立てがなされた場合、人事委員会は、合議体として、各委員の間でその識見と専門的な知識に基づいて議論を尽くし、不服申立ての当否、不利益処分の当否についての意思決定を行うのであり、そこでは、準司法機関としての機能を果たすことが期待されている。各委員の適正かつ公平・中立的な任務の遂行は、そのような機能を果たす上で必須の前提であり、そのような任務遂行を実現するためには、審議の過程における各委員への他からの干渉を排除し、自由かつ率直な意見交換を可能ならしめることが必要不可欠である。

しかるに、人事委員会の審議の具体的内容(委員の意見)が公にされることが予定されているような場合、委員が、外部の利害関係者から自分に対して何らかの働きかけが行われたり、自分個人の責任が問われたりするなどの事態が発生することを恐れたり、審議の過程における自己の意見表明が、その公開により利害関係者に何らかの影響を与えることを危惧することも生じ得るのであり、公開が予定されていることによる右心理的影響から自由、活発な意見の交換が阻害されたり、実際に、外部の利害関係者からの働きかけ、責任追求により、自由かつ活発な意見の交換が阻害されるなどし、その結果、委員の公平・中立性、判断の適正性自体が損なわれる事態が生じ得ることは否定できない。

確かに、行政に民間からの多様な意見を取り入れるために設けられるような審議会においては、審議の具体的内容(委員の意見)を公開することにより、より多様な意見を誘発し、かえって意見の深化が図られる場合があることは否定できない。しかし、人事委員会は、そのような民間からの多様な意見を取り入れるために設けられたものではなく、前示のとおり、準司法的作用を営む機関であることからすると、他の審議会や一般の行政機関以上に、中立・公平性、判断の適正性の確保が要求されるのであり、前示のような心理的萎縮効果の発生防止、他からの干渉のおそれの排除については、慎重な配慮が求められるところであって、そのような人事委員会の性格、機能に照らせば、開示しても当該又は将来の同種の審議等に著しい支障を生じないと認められる特段の事情がない限り、審議の具体的内容(委員の意見)に係る情報については、前示のようなおそれがあることをもって、条例九条四号にいう「開示することにより、当該又は将来の同種の審議等に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」と認めるのが相当である。

(二)  しかるに、本件議事録には、前示のとおり、委員の意見の要旨、採決に関する事項が記録されており、それは、審議の具体的内容(委員の意見)に関わるものであり、その情報の限度では、条例九条四号にいう「開示することにより、当該又は将来の同種の審議等に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」と認められる。

しかしながら、前記1記載のような本件文書<2>ないし<4>、<6>ないし<11>に記録された情報及び本件議事録のうちの委員の意見の要旨、採決に関する事項を除く部分(具体的には、平成八年度第一二回、第一三回、第一六回及び第一九回の各人事委員会での審議の開催日時も開催場所、出席者の職、氏名及び会議に付した議案の題目、委員及び幹事の署名押印等)については、いずれも人事委員会の審議の具体的内容に関わるものではないのであって、前示のような人事委員会の中立・公平性、判断の適正性と直接つながるものとは考え難く、他に「開示することにより、当該又は将来の同種の審議等に著しい支障を生ずるおそれがある」ことを認めるに足りる具体的な主張立証はないので、それらの情報について条例九条四号に基づき非開示とした本件各処分は、その限度で、非開示事由の認められない違法なものであったと認められる(この結果、本件処分(一)は、前記二記載のとおり、前記条例九条二号との関係でも非開示事由は認められないから、本件処分(一)のうち非開示とした部分は、全体として違法となる。)。

四  なお、条例二条一項の「実施機関」が、条例に基づき開示請求のあった公文書の開示、非開示の決定を他の機関に委任することは、条例その他の法令上明文で禁止されておらず、当不当の問題はさておき、本件において規則に基づきなされた人事委員会から被告への右事項の委任も、違法であるとまでは認められない。

五  よって、主文のとおり、判決する。

(裁判長裁判官 有満俊昭 裁判官 西田隆裕 村瀬賢裕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!